2012-12-04   思考  
子供と遊んでいると子供の目線でワーキャーはしゃぐことが多々あるのですが、子供が居なくなった途端にスッと我に返る、親あるある。

息子(1歳半)とお風呂に入ると、おふろにボールやらおもちゃやら空き瓶やらをこれでもかってくらいに浮かべて遊ぶんですけど、あの、息子がおふろ出るって言うから、嫁に来て貰って子供を渡すじゃないですか。
で、なんだ、10数えて、お風呂ばいばーい! また明日ねー! って嫁と子供はあっちへ行って、さて、私はもうちょっと温まろうかねえ、なんつって湯船に戻って、ふと周りを見渡すと、おもちゃに囲まれている。なんだこれ。
子供居なくなると、これらおもちゃとのつきあい方が完全に分からなくなる。何なんだお前ら。何なんだよ。
真顔で片付けます。完全に真顔ですね。さっきまで「ワンワーン! ジャー!」とか言って遊んでたワンワンのジョウロの水を真顔で捨て、カラフルなボールを真顔で手早く回収する。回収作業員と化す。


この間公園へ行ったんですけど、あの、滑り台をね、やりたいっていうから、滑り台の階段を登って、こう、抱きかかえる感じですべろうとしたんです。
そしたら、俺たちの前にすべってた子が、多分3歳くらいなんですけど、「カンカンカンカン!」って踏切の真似をして、コースに手を出している。うちの息子はまだよく分かってないらしくそれには反応していないので、あ、ここは俺が反応するべきだな、と思って、「わー、踏切が閉まったぞー! 開いたら行こうねー!」なんて言ってね。

そしたら、その踏切の子のお父さんも乗ってきて、「カンカンカン!」って、反対サイドから手を出してきた。まあ、踏切って両サイドからバー下がってくるからね。リアルリアル。その、お父さんってのが、俺よりけっこう年上で、あ、会社だと確実に怖い部長だな、って感じの。怖い部長が、「カンカンカン!」って手を出してきている。へえ、休日は良いパパなんだー。平日知らんけども。この動画撮って会社にばらまいたら陰でカンカン部長って呼ばれて、新人が「なんであの部長カンカン部長って呼ばれてるんですか? いつも怒ってるから?」みたいな質問すると「違う違う、この動画見る?」みたいなことになるかな、なんて想像しつつ、踏切が開くのを待つ。

そしたら、子供のほうが、突然踏切を放棄した。
子供ってそういうとこあるから。ぷいっとどっか行ってしまった。
取り残されるカンカン部長。

「カンカンカン……」

既に真顔に戻っているカンカン部長がカンカン言いながら踏切を開けてくれたので、俺は「わー、開いたぞー!」とか言って、すべる。

カンカン部長と俺がふみきりごっこで楽しく遊んだっていう話でした。
またあそぼうね〜!








2012-11-27   思考  
画像編集ソフトにうっかり数千枚の画像が入ったフォルダごとドラッグ&ドロップしてしまって、「え、こいつら全部読み込むんすか? 本気っすか……一体何をなさるおつもりで……や、すみません、過ぎた真似をしました。あっしはオーナーの考えは難しくて良く分かりません。しかしこれだけは言えます。オーナーは何かとてつもない……何か、時代を変えるようなことをなさろうとしている。よし、分かりました。やりましょう。野郎ども! メモリを空けろ! なんとしても全部開け! いいかお前ら! 死ぬなら走馬燈に画像を読み出しながら死ね! オーナーの顔に泥塗んじゃねーぞ!」「イェッサー!!!!!」みたいな感じで火の玉と化したPCの前で、「あ、今の無し……」という俺のか細い声はファンの爆音に掻き消され、マウスもまったく言うことを聞かないので、姿勢を正して読み込みを待っています。

昔の合戦でも、こういうことはきっとあっただろう。
「かかれー!」みたいなこと言っちゃったけど、あ、違うわ、やっべーってなって、「あ、退却……」って言ったけどもう誰も聞いてない。
取り返しのつかない号令を発して、目の前に死体が積み重なっていく。
こうなったとき、大将としてはどうあるべきだろうか。

叫んでも声は届かないのであれば、もう訂正するべきではない。運命が定まったとき、大将が不安な顔をしていては死んでいく者たちが浮かばれない。せめて、正義の戦いであったと信じながら往ってほしい。
だから、ブンブン唸るPCの前で、俺は、眉間にしわを寄せ、腕組みをして待つ。すべてのロードが完了するとき、全てが報われるのだ。お前たちの屍の上に、新しい文化が築かれるのだ。っていう顔で。

でも、あー、おせんべい食べたいな、と思ったので、一旦席を離れた。
みんなすまん。俺、今、すごくおせんべい食べたい。


戻ってきたら誰も息をしていなかったので、静かに電源ボタンを長押しした。


ところでこのサイト1997年の今日からやってるんですけど、だらだらと15周年です。とくに何にもしないです。



こんなのも書いたよ。



2012-10-08   思考  
たまに自動販売機に100円入れて突き返されるじゃないですか。で、そのあともう一回入れると入ったりする。
あのときの自販機どんな気持ちだろう。「おいおい、ふざけてんの? お金って知ってる? 貧乏人はドブ水でも飲んでろよな! ほら返すぜ、チャリ〜ン!」みたいな態度でつっかえしたけどよくよく見たらお金だった。ヒャー。恥ずかしい! 俺だったらその場に立ってらんない。逃げる。「あ、爽健美茶そろそろ無いなー」とか言って取りに行くふりして逃げる。

自販機は逃げられない。足が無いから。

もうそうなったら完全に不感症のフリするしかない。だんまりを決め込むしかない。ムスッと。ムスッとしてる温度であたたか〜いが維持されてる。こんな感じで自販機の心の殻は厚くなっていくのではないでしょうか。

なんかそんなこと考えてたら、そういえば昔の自販機はもうちょっと人懐っこかった気がする。
「また来てね!」「あたりが出たよ! おめでとう!」みたいなことをべらべら喋った気がする。髪型を変えたこと一番に気づいてくれたのも自販機だった気がするし、参観日、どうしても都合のつかない母の代わりに自販機が来てくれたことがあった気がする。

昔の自販機には心があった。

小学校の頃、算数の授業で桃ジュースが必要になった。たしかこう液体を分けるのを紙コップ使って体感する授業で、俺が桃ジュースの担当になって。当時桃ジュースといえば(今も?)不二家のネクター一択だったんだけど、これが何故か売ってない。まあ、田舎なので店は2つくらいしかなくて、そこに無ければ無い。
別に桃ジュースである必要は全然なかったんです。教科書に「ももジュースをみんなにわけます」って書いてあるだけで、別に水で良かった。
まあ、なんか、あとでジュース飲んで楽しい! みたいな演出考えてたんでしょうね。そのジュースが無い。やばい、どうしよう。うちの班だけ水飲むことになる。まゆみちゃんに殺される。まゆみちゃんに、殺される。

そんなとき、家の裏の工場に自販機があったことを思い出しました。
家の裏は古い糸工場でした。黒光りした木造平屋の建物はいつも小刻みに揺れていて、奥からガンラガンラと糸を撚る音。ただ、もう結構前に廃業していて、工場は立入禁止になっていました。

自販機も撤去されているだろうか。期待せずにつっかけを履いて工場の玄関口へ回る。もう夕闇が迫っていて薄暗かったけれど、自販機は煌々とそこにありました。しかもネクター売ってる。「ありがとうございました! また来てね!」と自販機。こちらこそ、ありがとう。

算数の授業は案の定最後にみんなでジュース飲んでシャンシャンシャンで終わりました。まゆみちゃんは、おいしそうにジュースを飲みました。

で、ちょっと経ったあと、友達と遊んでて、なんかまたネクターが飲みたくなってみんなで廃工場へ行ったんだけど、あの自販機が、ボロッボロになってる。ジュースの缶が陳列されているところは割られていて、コイン入れるところにはプルタブが詰まってた。
しかも、本体が錆び付いていて、どうみても、これ、昨日今日の仕業じゃないの。長いこと放置されて、いたずらされた感じの。
あれ、俺ほんとにここでネクター買ったんだっけ。

今考えると、これは、自販機の霊が困ってる少年にネクター売ってあげた話です。


っていう文章を昨日アップしたんですけど、あ、ここから追記ですけど、ほんのさっき息子が高熱出たので早朝に救急外来行ってきたんです。
まあ薬もらって落ち着いて、息子はスヤスヤ寝始めたので(主に我々が)グッタリして帰ってきたんですけど、なんか甘いものを欲したので家の近くのダイドーの自販機ではじめてジュース買った。

「ありがとうございました! いってらっしゃい!」

今帰ってきたんだよ。自販機はやっぱ黙れ。



こんなのも書いたよ。



2012-08-06   思考  
息子の話ばっかりにはしたくないんだけど、たまってる息子の話をする。

誰に似ているか本当に分からない。
色が白いし、目も細いっぽいので嫁寄りではあるような気がするんだけど、全体的には全然似てない。
身内じゃない人が見ると意外と似てるもんだよ、という話があるけど、嫁と子供だけで外出すると「お父さん似かな?」とか言われるらしい。それだけ似てない。

なんとなく、親族の間で結論は出ていて、おじいちゃん(俺の父親)似、みたいなことになってる。ただまあ、これも「わあそっくり!」みたいな感じではなくて、なんつーか、こねくりまわしたあげく出た苦肉の策、みたいな。日本にはこんな料理は無いけど強いて近いものを挙げれば茶碗蒸し、みたいな。そんな感じの。

で、この前写真を整理してたんですけど、あの、俺、写真整理にはGoogleのPicasa使ってるんです。で、Picasaにね、顔判定の機能があって、こう、人物ごとに写真をグループ分けしてくれる。だから、ダーッと写真をつっこんでおけば、息子の写真だけを見ることができたりする。

その機能を使って息子の写真をスライドショーで見てたら、嫁のお母さんの写真が1枚だけ紛れ込んできた。おうっ! ってなった。いや全然いいんだけど、いつもお世話になっておりますし、全然出てきてくださって良いんですけど、今こっちは息子息子って感じでスライドショー見てるから。おばあちゃんのよそ行きのキリッとした写真がスッて入ってきたので、おうっ! ってなった。ガス式の椅子がプシュー! ってなった。

Googleが、息子とおばあちゃんを間違えた。

ときに、この顔判定は若干厳しめ側にチューニングされてて、例えば、結婚式のときの嫁の顔と、家でメロディアスなやかんの真似をしている嫁の顔は、別人と判定する。まあ、こういうときは厳しめに判定するのは正解だと思う。最初に別人と判定して、あとから「こいつとこいつは同一人物」って統合する作業のほうが、一緒くたになったものから別人の写真を1つ1つ救い出す作業より簡単だからね。
で、その、厳しい判定をかいくぐってですよ、キリッとしたおばあちゃんがスルリと入り込んできたのはすごい。よっぽど似ていないといけない。

あと、逆に、「おばあちゃんと判定された写真一覧」のほうを見てみたら、息子が2枚紛れ込んでいた。息子におばあちゃんタグがついてた。そこまで似てるのか。機械の考えてることは分からん! ワシはもうついていけんよ! 田舎でカブを作って暮らすよ! 田舎 カブ 初心者 で検索。

まあでもまじめな話、多分こういう顔判定のやつってさ、眉毛と目の距離とか、顔に対する目の大きさとか、なんだろ、そういう特徴的な数値を使って出してるんでしょ。ということは、おばあちゃんと息子はほんとに顔のつくりが似てるんだろうなー。

我々人間は、目が似てるだけでなんか9割似てるような感じがする。一方で、機械の顔判定は、淡々と数値を比較して割り出す。どっちが信用できるって、こっちのほうが信用できる。

ということは、見た目が全然似てなくても、実は似てるなんてことがあるかもしれない。
例えばぜんっぜん佐々木希とかけ離れている人が「佐々木希に数値的に似てます」みたいなことがウッカリ成り立ったりする。今まで芸能人に似てるなんて言われたこと無かった人にも、まんべんなくチャンスが来る。

そういう数値的な近さをはかるのだったら、顔じゃなくても、例えば1ヶ月の体温の変化が嵐の桜井君そっくりとか、おしっこ行った回数がGacktと一緒とかそういう感じもアリかもしれない。今後記録されるものが増えていけば、そういう近さも計れる。
データが増えれば増えるほど、どこかしらで、誰かと似ているんだと思う。そうなってくると、もう、「似てる」って何だろね、という話になってくる。

ちなみに、うちの子はうんちの回数がかなりの頻度で俺と一緒です。内蔵系は俺に似ているのかもしれない。







2012-07-30   思考  
いやー怖いなーと思ったことがありまして。

あのー、先日、息子の写真を撮ってもらいに写真館へ行ったんです。
ここがまあ、なんというか、自然な服で自然な感じでものすごく良い写真を撮ってくれる。遊んでる感じとか、棚に腰掛けたのとか、カメラマンが数時間張り付いてくれる。あー、写真集みたいな。写真集みたいなのができる。

あの、なんというか、我々の、我々おのぼりさんの発想としては、写真館って、タキシードとか和服みたいの着て真正面からパシャリ、みたいな印象がある。で、子供用だと、着るものが着ぐるみとかになるだけで、結局は真正面からの構図でパシャリ、みたいな。
事実、有名な系列の子供用写真館に行ったら、そんな感じだったんです。しかも俺、「写真館はタキシードだろ」という発想があるものですから、タキシード選んじゃった。子供に着せるレンタル衣装、タキシード選んじゃった。いろいろあったのに。かろうじて嫁が蜂を選んだので、蜂も撮れたけど。良かったー。

全然関係ない話ですけど、嫁のお姉ちゃんのとこにも同じくらいの子供が居て、お姉ちゃんも蜂を選んだそうです。あるんだろうね。蜂が良いという、共通の発想の元が、あの姉妹にはあるんだろうね。なんだろ、蜂に対する良い感情って。学校帰りに蜂に蜂蜜分けてもらったこととかあるのかな。俺は、自分の記憶を蜂で検索すると負の感情しかない。検索語候補に「蜂 死んでほしい」「蜂 怖い」とかが出る。1番目の記憶は、庭にスズメバチが巣を作って家族一丸となって駆除したみたいなやつ。2番目は子供の頃清里に遊びに行ったときに背中に蜂が入り込んだこと。俺もギャーだし、蜂も多分ギャーだよね。誰も得してないからほんとやめてほしい。

蜂はどうでもいいわ。写真館ね。そんな思いがありましたので、その、嫁がどっかから情報仕入れてきて予約した写真館も、俺はこう、まあ、ぶっちゃけなめてた。

それがこう、えー! 売ってるやつみたいだなあ! みたいな写真を撮ってくれたもんですから、うひゃーってなって。これすっごい良いよなーって。
で、誰かに言いたい言いたいってなってたんですけど、この前、いまのオフィスに同居してる人と外歩いてて、その話をしたんですよ。「子供の写真撮ってもらいに行ってきたんですよー」って。その人も子供居るので、まあ、話題にしてもいいかなと思って。

そしたら、「こういうのですか?」って。
そこがちょうどカメラ屋の前で、2階が写真館、って書いてある。交通量の多い道路に向かって、七五三の女の子の真正面からの写真、ザ・七五三っていう感じの写真がでっかい看板になって掲げられている。それを指さして「こういうのですか?」って。

「違う違う、こういうのじゃないんです! 僕も写真館ってこういうのだと思ってたけど、すっごい良かったんですよー!」みたいな感じでね、ノリノリで話をしたんですけど。

それが1ヶ月かそこらくらい前ですかね。

で、今週。そのカメラ屋の前通ったら、業者が看板の張り替え作業してるんです。
やっぱり七五三風の写真だったんですけど、女の子がさ、和服で、床に寝そべって、ほおづえついて、斜め向いてるの。あれー! 崩してきたねー!
はあ、ここってこういう写真も撮れるんだなあ、と思いつつ、えーなんかものすごく怖い。俺ちょっと前に大はしゃぎで写真館の前で「こういうのじゃない!」って喋ってたなあー。俺かなー。いやー駐車場があるような大きめのカメラ屋なので、店内には聞こえてないと思うんだけど。でも、俺もうここ2年くらい通ってて、看板は古来ずーっとあった。なんでこのタイミングで変えるの?
俺に「こういうのじゃない」って言われた日の夜にクソー! って決意して写真撮って看板発注かけて取り替えた、みたいなスケジュールがすごく現実的に見える。こういうのほんと心苦しい。ほんとすいません。俺かなー。

ということで、最近はなんとなくカメラ屋の前を通らないようにしてるのですが、なんか駅まですっごい近い道を見つけた。2年通ってるのに。あとなぜかそこだけすっごい田舎。畑とかある。タイムスリップしたみたい。果汁のように溢れる蝉の声。そこをワーイ! って毎日通ってる。夏ですね。





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