あれは事故だった。今でも私はそう思っている。
10年前の春。20世紀の悪夢を振り払うべく、銀行同士が合併を繰り返していた。
その日は最後の大きな合併手術が行われる手はずだった。
大きいとは言えない待合室には、東京銀行、三菱銀行、UFJ銀行が居た。
そのほかに、同じ階にある歯医者の患者が大勢居た。
私は、その日、たまたま歯医者へ来ていた。ここ数週間、親知らずがキリキリと痛むので、ようやく抜く決心をしたのだった。
「えっ、あそこに居るの、銀行よね」
帽子を深く被っているので分かり辛かったが、目が円マークだった。ほかの人たちは気づいていない様子で、雑誌を読んだり、携帯をいじったりしている。
銀行が座っているのを、私は初めて見た。待合室のViViを手に取ったが、全く内容が頭に入ってこない。雑誌を見るふりをしながら、私は銀行たちを観察することにした。
まず、東京銀行と三菱銀行が呼ばれた。両行とも、兄弟かのように等しくずんぐりむっくりしている。
大きな部屋には不釣り合いな小さな扉を開け、中へ入っていった。扉は彼らの体にはギリギリだった。
次に博士らしき白衣の初老の男性と、そのうしろに背の高い数人が中へ入っていき、扉を閉めた。
鍵のガチャリという音が構内に響き渡る。
「合併中」のランプが光った。
ジジジ、という音が遠くからかすかに聞こえる。しばらくすると、音は止んだ。
電光掲示板がカチャカチャとランダムに文字を出している。そのあと、もったいぶったように一文字ずつ「東京三菱銀行」と表示した。
博士とともに、「東京三菱銀行」が出てきた。全体的にシュッとしていて、こういう感じのモデル見たことある、と思った。
次に、UFJ銀行が呼ばれ、再び小さな扉へ入っていった。
扉が閉まったが、今度は鍵の音がしなかった。
思わず立ち上がっていた。私は、私の欲望に気づいた。銀行の合併をこの目で見たい。この機会を逃したら、たぶん一生見られない。
私は、雑誌を返しに行くふりをして、扉に耳を近づけた。あの、ジジジ、という音が聞こえてきた。
私は扉を少しだけ引いてみた。案の定、鍵はかかっていなかった。あの音とともに、すべてを白く染めそうな光が、扉の隙間から漏れた。
光の先を目で追った。待合室でスポーツ新聞を読んでいたジャージのおっさんが、光の中で体をくねらせていた。光は限定的であったので、周りの人は無関心に、携帯をいじっていた。
私は急いで扉を閉めたが、おっさんは、扉の隙間へ、寒天のようにちゅるんと吸い込まれていった。間に合わなかった。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう」
しばらくの間、目を瞑って、扉を押さえていた。おそるおそる手を離した。扉は動かなかった。
振り返って、待合室を見た。皆一様に下を向いていた。窓際の若い男が一瞬こちらを見て、すぐに携帯の画面に戻っていった。私は、待合室のソファに戻った。心臓の存在感を久しぶりに感じている。吐きそうで、どうにかなってしまいそうだ。
ジジジ、という音が止んだ。電光掲示板がカチャカチャとランダムに文字を出している。そのあと、もったいぶったように一文字ずつ「三菱東京カズヨシUFJ銀行」と表示した。
「大泉様ー。大泉カズヨシ様ー。いらっしゃいませんか。大泉カズヨシ様ー! ええと、それでは、川本綾音様ー」
歯科助手に呼ばれたので、私はフラフラと治療台へ向かった。医者が何か喋っている。もう、なるようにしかなるまい。私は口を大きく開けた。
次の日のニュースは「メガバンク、三菱東京カズヨシUFJ銀行誕生」の話題でもちきりだった。カズヨシ部分に疑問を呈する人は居なかった。コメンテーターも、さも当たり前のようにその銀行名を口にしていた。しかし、私は知っている。その銀行名を聞くたびに、私の奥歯がズキリと痛んだ。幸い、私の口座を持つ銀行は、みずほ銀行に統合された。勝手な話だが、三菱東京カズヨシUFJ銀行に関わらないことで、私は精神の安寧を保つことができた。そうやって、10年が過ぎた。
そして、今、私は、三菱東京カズヨシUFJ銀行の前に立っている。
今年からお世話になっている派遣会社の都合で、給料を受け取るために渋々口座を作ったのだった。
何も恐れることは無い。みんなが使っている普通の銀行だ。普通の。大銀行2つに、おっさんが1人取り込まれたところで、海への一滴じゃないか。おっさん要素はどこにも残っていない。
キャッシュカードをATMに入れる。いらっしゃいませ。スーツ姿の男性と女性、ジャージ姿の男性のキャラクターが深々と頭を下げる。居た。
10年前の春。20世紀の悪夢を振り払うべく、銀行同士が合併を繰り返していた。
その日は最後の大きな合併手術が行われる手はずだった。
大きいとは言えない待合室には、東京銀行、三菱銀行、UFJ銀行が居た。
そのほかに、同じ階にある歯医者の患者が大勢居た。
私は、その日、たまたま歯医者へ来ていた。ここ数週間、親知らずがキリキリと痛むので、ようやく抜く決心をしたのだった。
「えっ、あそこに居るの、銀行よね」
帽子を深く被っているので分かり辛かったが、目が円マークだった。ほかの人たちは気づいていない様子で、雑誌を読んだり、携帯をいじったりしている。
銀行が座っているのを、私は初めて見た。待合室のViViを手に取ったが、全く内容が頭に入ってこない。雑誌を見るふりをしながら、私は銀行たちを観察することにした。
まず、東京銀行と三菱銀行が呼ばれた。両行とも、兄弟かのように等しくずんぐりむっくりしている。
大きな部屋には不釣り合いな小さな扉を開け、中へ入っていった。扉は彼らの体にはギリギリだった。
次に博士らしき白衣の初老の男性と、そのうしろに背の高い数人が中へ入っていき、扉を閉めた。
鍵のガチャリという音が構内に響き渡る。
「合併中」のランプが光った。
ジジジ、という音が遠くからかすかに聞こえる。しばらくすると、音は止んだ。
電光掲示板がカチャカチャとランダムに文字を出している。そのあと、もったいぶったように一文字ずつ「東京三菱銀行」と表示した。
博士とともに、「東京三菱銀行」が出てきた。全体的にシュッとしていて、こういう感じのモデル見たことある、と思った。
次に、UFJ銀行が呼ばれ、再び小さな扉へ入っていった。
扉が閉まったが、今度は鍵の音がしなかった。
思わず立ち上がっていた。私は、私の欲望に気づいた。銀行の合併をこの目で見たい。この機会を逃したら、たぶん一生見られない。
私は、雑誌を返しに行くふりをして、扉に耳を近づけた。あの、ジジジ、という音が聞こえてきた。
私は扉を少しだけ引いてみた。案の定、鍵はかかっていなかった。あの音とともに、すべてを白く染めそうな光が、扉の隙間から漏れた。
光の先を目で追った。待合室でスポーツ新聞を読んでいたジャージのおっさんが、光の中で体をくねらせていた。光は限定的であったので、周りの人は無関心に、携帯をいじっていた。
私は急いで扉を閉めたが、おっさんは、扉の隙間へ、寒天のようにちゅるんと吸い込まれていった。間に合わなかった。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう」
しばらくの間、目を瞑って、扉を押さえていた。おそるおそる手を離した。扉は動かなかった。
振り返って、待合室を見た。皆一様に下を向いていた。窓際の若い男が一瞬こちらを見て、すぐに携帯の画面に戻っていった。私は、待合室のソファに戻った。心臓の存在感を久しぶりに感じている。吐きそうで、どうにかなってしまいそうだ。
ジジジ、という音が止んだ。電光掲示板がカチャカチャとランダムに文字を出している。そのあと、もったいぶったように一文字ずつ「三菱東京カズヨシUFJ銀行」と表示した。
「大泉様ー。大泉カズヨシ様ー。いらっしゃいませんか。大泉カズヨシ様ー! ええと、それでは、川本綾音様ー」
歯科助手に呼ばれたので、私はフラフラと治療台へ向かった。医者が何か喋っている。もう、なるようにしかなるまい。私は口を大きく開けた。
次の日のニュースは「メガバンク、三菱東京カズヨシUFJ銀行誕生」の話題でもちきりだった。カズヨシ部分に疑問を呈する人は居なかった。コメンテーターも、さも当たり前のようにその銀行名を口にしていた。しかし、私は知っている。その銀行名を聞くたびに、私の奥歯がズキリと痛んだ。幸い、私の口座を持つ銀行は、みずほ銀行に統合された。勝手な話だが、三菱東京カズヨシUFJ銀行に関わらないことで、私は精神の安寧を保つことができた。そうやって、10年が過ぎた。
そして、今、私は、三菱東京カズヨシUFJ銀行の前に立っている。
今年からお世話になっている派遣会社の都合で、給料を受け取るために渋々口座を作ったのだった。
何も恐れることは無い。みんなが使っている普通の銀行だ。普通の。大銀行2つに、おっさんが1人取り込まれたところで、海への一滴じゃないか。おっさん要素はどこにも残っていない。
キャッシュカードをATMに入れる。いらっしゃいませ。スーツ姿の男性と女性、ジャージ姿の男性のキャラクターが深々と頭を下げる。居た。
桃太郎さん、桃太郎さん。お腰ににつけてるものは何ですか?
へえ、きびだんご。きびだんごって言うんですね。おいしそうですね。
その、きびだんご、ですか、きびだんごね、いっぱいありそうですね。ね、いっぱいありますよね。
あの、それ、もし良かったら1つもらえませんか。
あ、ほら、おすわり出来ますよ私。かわいいでしょ。おすわりかわいいでしょ!? ちょこん! ちょこり〜ん!
あと回ったり。くるりんぱ! おだんごくださいな!
あれっ、じゃあもう一回行きますね、くるりんぱ! からの〜ちょこり〜ん!!! はい、だんご……あれ?
え? はあはあ。鬼退治に。へえ〜ご立派ですね。さすが桃太郎さん。あと私ね、ほら。立てるんですよ。10秒くらい。ほらっ! ほらほらっ! すごいでしょ! はい、だんご……あれ?
あーもうはいはい、すいません! 私が悪うございました! 出し惜しみしました! はい! 歩きま〜す! ホイ! ホイ! ホイ! ホイ! ホイ! はい、だんご……あれ?
はい、それはさっき聞きました。鬼退治行くんですよね。すごいですね。あ、そうだ! 最近覚えたやつ! 刀で斬る真似してください。ホントに斬っちゃ嫌ですよ? はい、そう、ズバッ! や〜ら〜れ〜た〜! パタン。
なーんちゃって。ほんとに斬られたみたいだったでしょ? これあんまり出来る犬居ないっすよ? 良かったですね見られて。はい、だんご……あれ?
ん? 誰がですか? これからですか? いや、ちょっと都合悪いですね。え? なんか、あれです。呼ばれてるんです。あの、親戚が来るから、家に居ろって、なんか親が言ってて。良くわかんないんですけど、おまえは居ろって。次は行けると思うんですけど。次行きますよ。連絡してもらえれば。
あーじゃあ、分かりました! あれやっちゃいますか! ちょっと待っててくださいね。すぐ戻りますから!
じゃ〜ん、三輪車に乗って再登場〜! あれ、どこいったんですか桃太郎さ〜ん!
ギコギコ……
へえ、きびだんご。きびだんごって言うんですね。おいしそうですね。
その、きびだんご、ですか、きびだんごね、いっぱいありそうですね。ね、いっぱいありますよね。
あの、それ、もし良かったら1つもらえませんか。
あ、ほら、おすわり出来ますよ私。かわいいでしょ。おすわりかわいいでしょ!? ちょこん! ちょこり〜ん!
あと回ったり。くるりんぱ! おだんごくださいな!
あれっ、じゃあもう一回行きますね、くるりんぱ! からの〜ちょこり〜ん!!! はい、だんご……あれ?
え? はあはあ。鬼退治に。へえ〜ご立派ですね。さすが桃太郎さん。あと私ね、ほら。立てるんですよ。10秒くらい。ほらっ! ほらほらっ! すごいでしょ! はい、だんご……あれ?
あーもうはいはい、すいません! 私が悪うございました! 出し惜しみしました! はい! 歩きま〜す! ホイ! ホイ! ホイ! ホイ! ホイ! はい、だんご……あれ?
はい、それはさっき聞きました。鬼退治行くんですよね。すごいですね。あ、そうだ! 最近覚えたやつ! 刀で斬る真似してください。ホントに斬っちゃ嫌ですよ? はい、そう、ズバッ! や〜ら〜れ〜た〜! パタン。
なーんちゃって。ほんとに斬られたみたいだったでしょ? これあんまり出来る犬居ないっすよ? 良かったですね見られて。はい、だんご……あれ?
ん? 誰がですか? これからですか? いや、ちょっと都合悪いですね。え? なんか、あれです。呼ばれてるんです。あの、親戚が来るから、家に居ろって、なんか親が言ってて。良くわかんないんですけど、おまえは居ろって。次は行けると思うんですけど。次行きますよ。連絡してもらえれば。
あーじゃあ、分かりました! あれやっちゃいますか! ちょっと待っててくださいね。すぐ戻りますから!
じゃ〜ん、三輪車に乗って再登場〜! あれ、どこいったんですか桃太郎さ〜ん!
ギコギコ……
えー、まずは、このたびはご愁傷さまでございました。
私、故人より遺言執行者を仰せつかりました、弁護士の大山です。
えー、遺言執行者と言いましても、今回の場合、ご本人様が遺言状を用意してございますので、これのとおりに執行するお手伝いをする、というだけでございます。
それでは、遺言状を読み上げさせていただきます。あ、この遺言状ですが、清吉様、あ、MC.KUZUMOCHI様の希望により、オリジナルソングの形式をとらせていただいております。
えー、私は法律の専門家ではございますが、こういったものを歌うのは素人ですので、お聞き苦しい点あるかとは思いますが、ご了承くださいませ。
えー、では、読み上げます。
ズン ズン ダダッ ダダッ
ズン ズン ダダッ ダダッ
キュッキュッキュキュ キュッキュッキュキュ
キュッキュッキュキュッキュッキュッキュキュッキュッキュッキュキュッ……
ズン ズン ズン ダッ
Hey Hey 俺がMC.KUZUMOCHI
すずらん園のイケてるマイク持ち
園のやつらは だいたい友達
今日のお前ら 右手に数珠持ち
長男「えっと、変わった遺言状だね」
次男「MC.KUZUMOCHIって何だよ、まじでダリー」
長女「父さんの遺作よ。ちゃんと聞きましょう?」
長男「父さん、老人ホームにラッパーが慰問に来てからラップにハマってたからなあ」
長女「何にせよ、最後の3ヶ月間、夢中になるものがあって良かったじゃない」
長男「でも普通さ、晩年にハマるのって俳句とか短歌とかじゃないの?」
長女「あら、いいじゃない。形式の中で想いを表現するっていう点では同じよ。素敵だわ」
長男「シッ、続きが始まる」
隣の鈴木だけはマジで頭突き
俺の飯を 黙って食べる
長男「あっ鈴木さんとこのおじいちゃんをdisった」
長女「仲悪かったのかしら」
弁護「次いってよろしいでしょうか」
長男「あ、すいません」
介護士NAKADAマジリスペクト
俺の大好物 こんぺいとう
長男「えっこんぺいとうそんなに好きだっけか」
次男「リスペクトとかけたかっただけだろ」
長男「ラップから考えちゃったのかな」
長女「ラップから考えちゃったのかもしれないわね」
次男「ダッセ」
長女「ラップ始めたばっかりだったから仕方ないじゃない。荒削りだけど心に響くわ」
長男「そうだな。なんかこう、あれだな。プロのリリックには無い、グッと来るものがあるよな」
次男「ねえよバーカ」
弁護「続きを歌ってよろしいでしょうか」
長男「あ、お願いします」
Stand up 立ち上がれ 葬式上がりの 痺れた足で
Heat up はじまるぜ 常識破りの Memorial day
Hey Hey そこの遺族たち
耳かっぽじって よく聞きな
遺産分割超めんどい 正直な
だからすぐ終わらす もうじきさ
俺の遺産五千万 これから全部ご精算
長男「五千万あったのか」
次男「どうせ姉貴がもってくんだろ、胸糞ワリィ」
長女「死んだ人の前でそういうことなんで言えるの。あんた席はずしなさい」
次男「うるせーよ、お前の葬式にしてやろうか」
長女「本当にあんたは人として最低ね。呼ばなければ良かったわ」
弁護「えー、続きを歌ってよろしいでしょうか。具体的な金額になりますので」
長男「あ、すいません、よろしくお願いします」
まっすぐ育った我が長女
生ける天使 天真爛漫 あげる3万
長女「ちょ、ちょっと待ってください!」
弁護「はい」
長女「あたし3万ですか!?」
弁護「えーっと、そうですね」
長女「……」
弁護「続けてよろしいでしょうか」
心優しい長男 お前が居るだけで幸せ充満
だから10万
長男「ん? ん?」
弁護「はい」
長男「10万、ということですかね」
弁護「そう、なりますね」
長男「あー、えー? えーっと」
弁護「続けてよろしいでしょうか」
極悪非道 不良の次男
世間様に迷惑千万 あげる千万
次男「おっ、やりィ!」
長女「ちょっと!」
弁護「はい」
長女「おかしいでしょ!」
弁護「遺言状なので」
長女「なんで迷惑千万で1千万なのよ!」
弁護「さあ。私に言われましても」
長女「ラップだから?」
弁護「ラップだからでしょうか」
長男「ラップから考えちゃったのかな?」
弁護「そこまでは存じ上げませんが、ラップから考えちゃったのかもしれません」
長女「憎い! ラップが憎い!」
次男「ヒャハー! ラップ最高!」
私、故人より遺言執行者を仰せつかりました、弁護士の大山です。
えー、遺言執行者と言いましても、今回の場合、ご本人様が遺言状を用意してございますので、これのとおりに執行するお手伝いをする、というだけでございます。
それでは、遺言状を読み上げさせていただきます。あ、この遺言状ですが、清吉様、あ、MC.KUZUMOCHI様の希望により、オリジナルソングの形式をとらせていただいております。
えー、私は法律の専門家ではございますが、こういったものを歌うのは素人ですので、お聞き苦しい点あるかとは思いますが、ご了承くださいませ。
えー、では、読み上げます。
ズン ズン ダダッ ダダッ
ズン ズン ダダッ ダダッ
キュッキュッキュキュ キュッキュッキュキュ
キュッキュッキュキュッキュッキュッキュキュッキュッキュッキュキュッ……
ズン ズン ズン ダッ
Hey Hey 俺がMC.KUZUMOCHI
すずらん園のイケてるマイク持ち
園のやつらは だいたい友達
今日のお前ら 右手に数珠持ち
長男「えっと、変わった遺言状だね」
次男「MC.KUZUMOCHIって何だよ、まじでダリー」
長女「父さんの遺作よ。ちゃんと聞きましょう?」
長男「父さん、老人ホームにラッパーが慰問に来てからラップにハマってたからなあ」
長女「何にせよ、最後の3ヶ月間、夢中になるものがあって良かったじゃない」
長男「でも普通さ、晩年にハマるのって俳句とか短歌とかじゃないの?」
長女「あら、いいじゃない。形式の中で想いを表現するっていう点では同じよ。素敵だわ」
長男「シッ、続きが始まる」
隣の鈴木だけはマジで頭突き
俺の飯を 黙って食べる
長男「あっ鈴木さんとこのおじいちゃんをdisった」
長女「仲悪かったのかしら」
弁護「次いってよろしいでしょうか」
長男「あ、すいません」
介護士NAKADAマジリスペクト
俺の大好物 こんぺいとう
長男「えっこんぺいとうそんなに好きだっけか」
次男「リスペクトとかけたかっただけだろ」
長男「ラップから考えちゃったのかな」
長女「ラップから考えちゃったのかもしれないわね」
次男「ダッセ」
長女「ラップ始めたばっかりだったから仕方ないじゃない。荒削りだけど心に響くわ」
長男「そうだな。なんかこう、あれだな。プロのリリックには無い、グッと来るものがあるよな」
次男「ねえよバーカ」
弁護「続きを歌ってよろしいでしょうか」
長男「あ、お願いします」
Stand up 立ち上がれ 葬式上がりの 痺れた足で
Heat up はじまるぜ 常識破りの Memorial day
Hey Hey そこの遺族たち
耳かっぽじって よく聞きな
遺産分割超めんどい 正直な
だからすぐ終わらす もうじきさ
俺の遺産五千万 これから全部ご精算
長男「五千万あったのか」
次男「どうせ姉貴がもってくんだろ、胸糞ワリィ」
長女「死んだ人の前でそういうことなんで言えるの。あんた席はずしなさい」
次男「うるせーよ、お前の葬式にしてやろうか」
長女「本当にあんたは人として最低ね。呼ばなければ良かったわ」
弁護「えー、続きを歌ってよろしいでしょうか。具体的な金額になりますので」
長男「あ、すいません、よろしくお願いします」
まっすぐ育った我が長女
生ける天使 天真爛漫 あげる3万
長女「ちょ、ちょっと待ってください!」
弁護「はい」
長女「あたし3万ですか!?」
弁護「えーっと、そうですね」
長女「……」
弁護「続けてよろしいでしょうか」
心優しい長男 お前が居るだけで幸せ充満
だから10万
長男「ん? ん?」
弁護「はい」
長男「10万、ということですかね」
弁護「そう、なりますね」
長男「あー、えー? えーっと」
弁護「続けてよろしいでしょうか」
極悪非道 不良の次男
世間様に迷惑千万 あげる千万
次男「おっ、やりィ!」
長女「ちょっと!」
弁護「はい」
長女「おかしいでしょ!」
弁護「遺言状なので」
長女「なんで迷惑千万で1千万なのよ!」
弁護「さあ。私に言われましても」
長女「ラップだから?」
弁護「ラップだからでしょうか」
長男「ラップから考えちゃったのかな?」
弁護「そこまでは存じ上げませんが、ラップから考えちゃったのかもしれません」
長女「憎い! ラップが憎い!」
次男「ヒャハー! ラップ最高!」
誰にも目を合わせないように教室に入ると、机にはいつものように植物が置いてあった。
もうこういう仕打ちにも慣れた。逆らわなければ、特に何をされるわけでもない。
でも、今日置かれていたのはオウゴンカゲツ、別名「金のなる木」だった。
え、なにこれ。どういうこと。
葬式ごっこだよね? いつもの葬式ごっこの花だよね? 死ねよっていうやつだよね。
なんつーか、ぼくが言うのもアレだけど、金のなる木じゃダメじゃない?
ぼくお金儲かっちゃうもん。これだと。儲かっちゃう。なんつーか、ブレるよね。そのあたりの、こう、方向性がさ。
これ幹に「金のなる木」ってプレートついてるからね。うんしょうんしょって持ってきたときに、確実に目に入るよね。「いじめてるのに金のなる木はねえな」って思うよね。
もう途中まで運んじゃったしこれでいっかーみたいな感じになったの? 持ってかえるのめんどくさかったの? ひどい。ひどいわ。いじめるなら、もっとストイックにやってよ。
や、違う、いじめられるのはやだよ。やだけど、やるなら、こう、ちゃんとやってほしいわ。これ教室の隅にあったやつでしょ。ぼくの席から一番近くにあったやつパパッて置いたっしょ。ちょっと先にユリあるよね。ちょっと行けば、先生の机の近くにユリの花瓶あるよね。こっちのほうがあれだよね。なんか事故現場っぽいよね。こっちだろ。普通。ちょっとだよ。そのちょっとの苦労を惜しんでどうするよ。
大体、鉢植えだよね、これ。どーん! って、大層な鉢植えだよね。机の上に置いたら、ぼくの背よりも高いよね。
机に置いたあと、「あれ、葬式っぽくねえな」って思わなかった? こんな葬式見たことある? どこでやってたの? いやぼくもさ、毎日花置かれてたからその流れで状況のみこめたけど、これが初日だったらいじめられたことに多分気づいてないよ? あれ、当番の置き忘れかな? とか思うよ?
遂に、いじめるのにも手を抜かれはじめた。
ショックだ。ショックじゃないけど、ショックだ。
いや。待てよ。ぼくは大層な思い違いをしてないか。
わざわざいじめるのに、そこまで手を抜くだろうか。はじめから「金のなる木」だと分かってやっていたとしたらどうだろう。
あいつ、毎日いじめてるけどちゃんと学校来るよな。
お前には負けたよ。これが最後のいじめだ。金のなる木で幸せになれよ!
え、そういうこと? ホント? いやあ、だとしたら合点がいく。すべてのつじつまが合う。あいつら。あいつら〜!
ぼくはいじめっ子達がたむろしている方を見る。いじめっ子たちが頷いている。
一人が指で何かを指示している。鉢植えを、棚に戻せってことか。
鉢を持ち上げた。
よく見ると毛虫がびーっしり付いていて、ぼくは悲鳴をあげて鉢を落とした。
もうこういう仕打ちにも慣れた。逆らわなければ、特に何をされるわけでもない。
でも、今日置かれていたのはオウゴンカゲツ、別名「金のなる木」だった。
え、なにこれ。どういうこと。
葬式ごっこだよね? いつもの葬式ごっこの花だよね? 死ねよっていうやつだよね。
なんつーか、ぼくが言うのもアレだけど、金のなる木じゃダメじゃない?
ぼくお金儲かっちゃうもん。これだと。儲かっちゃう。なんつーか、ブレるよね。そのあたりの、こう、方向性がさ。
これ幹に「金のなる木」ってプレートついてるからね。うんしょうんしょって持ってきたときに、確実に目に入るよね。「いじめてるのに金のなる木はねえな」って思うよね。
もう途中まで運んじゃったしこれでいっかーみたいな感じになったの? 持ってかえるのめんどくさかったの? ひどい。ひどいわ。いじめるなら、もっとストイックにやってよ。
や、違う、いじめられるのはやだよ。やだけど、やるなら、こう、ちゃんとやってほしいわ。これ教室の隅にあったやつでしょ。ぼくの席から一番近くにあったやつパパッて置いたっしょ。ちょっと先にユリあるよね。ちょっと行けば、先生の机の近くにユリの花瓶あるよね。こっちのほうがあれだよね。なんか事故現場っぽいよね。こっちだろ。普通。ちょっとだよ。そのちょっとの苦労を惜しんでどうするよ。
大体、鉢植えだよね、これ。どーん! って、大層な鉢植えだよね。机の上に置いたら、ぼくの背よりも高いよね。
机に置いたあと、「あれ、葬式っぽくねえな」って思わなかった? こんな葬式見たことある? どこでやってたの? いやぼくもさ、毎日花置かれてたからその流れで状況のみこめたけど、これが初日だったらいじめられたことに多分気づいてないよ? あれ、当番の置き忘れかな? とか思うよ?
遂に、いじめるのにも手を抜かれはじめた。
ショックだ。ショックじゃないけど、ショックだ。
いや。待てよ。ぼくは大層な思い違いをしてないか。
わざわざいじめるのに、そこまで手を抜くだろうか。はじめから「金のなる木」だと分かってやっていたとしたらどうだろう。
あいつ、毎日いじめてるけどちゃんと学校来るよな。
お前には負けたよ。これが最後のいじめだ。金のなる木で幸せになれよ!
え、そういうこと? ホント? いやあ、だとしたら合点がいく。すべてのつじつまが合う。あいつら。あいつら〜!
ぼくはいじめっ子達がたむろしている方を見る。いじめっ子たちが頷いている。
一人が指で何かを指示している。鉢植えを、棚に戻せってことか。
鉢を持ち上げた。
よく見ると毛虫がびーっしり付いていて、ぼくは悲鳴をあげて鉢を落とした。
こんなのも書いたよ。